医療現場への批判についての悩み

医療過誤が原因で医療現場を厳しく批判する報道が増えてきています。
患者さんの中にも医療従事者である私たちや医師に対して、
不信感を持っている方がいらっしゃいます。

確かに医療過誤によって被害を受けた方がいるのは事実ですし
そのような医療過誤はなくしていかなければなりません。
しかし、全てが全て問題になっているわけではなく
日々一生懸命やっている多くの医療従事者を責める必要があるのでしょうか。

患者さんとの信頼関係というものを報道という大きな目で
壊されてしまっているのではないかと思います。
これではそもそもより良い医療というものが成立しないような気がしています。

こんなときどうする?
基本的にマスコミはことを大げさに報道するという一面があります。
これは普通のことを普通に報道してもニュース性に欠けるからだと思われます。
ある意味では仕方の無いことかもしれませんが、
アラばかりを探されてしまうとたまったものではありません。

ですから、私は医療番組は極力見ないという選択をしました。
しかし、飲食店などで流れているテレビなどはどうすることも出来ません。
とあるお店で見たのが、手術内容を別室で待機している家族に
モニターで見せるという番組です。

さすがに驚いて失神しそうになってしまいましたよ。
番組の中では究極の情報開示として絶賛していましたが、
これは裏を返せばやましいことがなければ見せられるはずだ
見せられないということは裏で何をしているかも怪しいものである
ということを暗に示しているように感じたほどです。

このような手術映像をモニターで見せてしまうというのは、
正直なところかなりの悪趣味に感じてしまいます。
通常、人は肉親であれ他人であれ体を切り刻まれるのを見たいとは思いません。
それが治療行為であったとしても生々しいですし、
内臓などを直接見る必要性が感じられませんよね。

出産に立ち会うことでさえ、大量の出血を見ることになりますから
賛否両論があるぐらいです。

このような情報を公開することが素晴らしいことだ、
やましいことが無いから出来るんだというのは暴論でしかないでしょう。
情報開示や医療過誤の問題はそのようなことで解決できるものでは無いと考えます。
人間の好奇心というのは止まることを知りませんので、
一度でも踏み越えてしまうとどこまでも行ってしまいそうですよね。

そして一番大事なのは医療過誤を問題にするときに、
何が何でも情報開示すれば問題が解決するわけではないことです。
手術を開示することで手術そのものが改善するか、
医療過誤がなくなるかというとそうではないでしょう。

酷い医療過誤というものも中にはありますので、このような
情報開示で少しは問題も減るかもしれませんが
そうなってしまうと監視することが当り前になってしまって
監視しなければ心配というような状態になってしまいます。

医療者は信頼されるような努力をするべきですし、
患者側は信頼するように努力しなければならないのです。
双方向で歩み寄りをすることが医療現場では重要ではないでしょうか。
そういう点で言えば、マスコミは信頼関係を築けるような立場で
報道するべきだと思います。

生まれ変わってももう一度看護師になりたいですか?
というこの質問を現役看護師さんに質問したら、どんな答えが多いのでしょうか。
大半の看護師さんは「看護師にはなりたくない」と答えているようです。

理由は様々ですが、根本には重労働であることが挙げられます。
サービス残業、夜勤がある、人間関係が大変など仕事をする上で
問題となるポイントが多すぎること、そして大変さを身を持って実感していることから
「看護師にはならない、他の職業を選ぶ」となってしまうのです。

当然、中には「もう一度看護師になる」と答える人もいますが、
全体からみると少数派と言っても良いでしょう。
もう一度看護師になると答えている人の多くは、給与面の待遇が一般職よりも
優遇されていることを上げる人が多いですが、それも基本的には激務だからこそ
その給与が保証されていることを考えれば複雑な感じがしないでもありません。

二度と看護師になりたくないという意見が圧倒的なのは、看護業界にとっては
良いことだとは言えないでしょう。
それだけ看護師という仕事に対する魅力が、就職前後で違っているという事ですし
現役で看護師として仕事をしていても、できれば看護師以外の仕事に就きたい
と考えている可能性が高いことを意味しているからです。

このような結果になることは、これから看護師になろうとしている人や
実際に看護を受けている患者さんからすれば悲しい事ではないでしょうか。